DIARY OF A CAT
講談社文庫
鷺沢萠の翻訳で、猫作品!? という意外性に惹かれて読むことに。
てっきり、鷺沢萠は犬派だったとばかり思っていたので、犬派の彼女が訳した猫作品なのだから面白いに違いないということで。
黄色い背表紙にクリーム色の表紙、イラスト絵もいい感じです。
日記スタイルのエッセイなのかなと思いつつ、パラパラ拾い読みをしてみると、どうも小説のようです。
しかも、内容があっさりしていて面白そう。というか、変。
たとえば、
○月×日
寝た。
○月△日
寝た。
○月□日
今日は毛玉が3つ。
これは極端な例で、実際にはちゃんと日付も入っていてほぼ毎日の出来事がクールな視点でたんたんと綴られているのですが、原題なのかサブタイトルなのか“DIARY OF A CAT”の通り、猫の日記なのです。
猫と暮らす作者の猫日記のようでも、一人称は猫。
かと言って、猫が擬人化されているわけではなくて、猫は猫であって、初老の女性らしきミセス・ヴィジル(通称 ミセス・ヴィ)の飼い猫であり、牡の成猫であることがわかってきます。
退屈しのぎの悪戯の数々も日記として軽妙に綴られていきます。猫と暮らしたことのある人なら、ほんとにまったくお察ししますと飼い主に同情したくなる光景が浮かぶことも多く、初っ端でミセス・ヴィに、『このバカ猫……』と言わせてしまったりも。作中では、そんな下品な物言いは一回だけですが。かなり、おおらかで穏やかで品格の備わった人であるようです、ミセス・ヴィという方。もちろん、猫と暮らすことにおいて年季が違うことも確かでしょう。
『パンデモニウム(悪魔)、汝の名は猫』と、絶句してしまうしかないときなど、いかにも、と、ため息がこぼれ、同時に深い愛情を感じてホロリときてしまうのでした。
アメリカのとある田舎町との設定ですが、巻頭にあるご近所さんの地図や作品の印象によると、田舎町とは言っても、郊外ののどかな住宅街のようすがイメージされます。日本と違って、1軒ごとの土地や建物もずいぶんと広々としているのでしょうし。なんとなくおしゃれな雰囲気がする、静かで品のいい新興住宅地の20年後、30年後にも感じられます。
作中には、ご近所さんたちのようすやいくつかのトラブルも散りばめられているし、新たな同居猫たちまで現われて、おおむね愉しく読めるのですが、ある日、突然生活が一変する出来事がおこります。あげくにミステリー小説とおぼしき場面にも出くわし、意外な展開へ、思いがけない方向へと、見えないラストに向かって重苦しく運ばれていくのです。
訳者のあとがきに、はっきり言って、日記なのか小説なのかどういう作品だと言ったらいいのかよくわからない、みたいな仄めかしがあり、そのあたりも訳者・鷺沢萠の心をつかんだツボであるのかもしれません。訳者はもちろん、読者にも、奇妙な作品だったと読後感が残ります。ある意味では不思議な後味の作品なのでした。じんわりと温まるものを感じて、本書を翻訳してくれた訳者にも感謝の気持ちを覚えてきます。
常盤新平の解説に、鷺沢萠が書いた小説であるような作品だとあって、さもありなんと思えたりします。犬派の彼女は、この作品を通して猫にも心を動かされたとか。次回、生れてきたときには女性か男性かわからないけれど、彼女も猫と暮らすことになるかもしれませんね。
訳者の若い頃の作品に、『町へ出よ、キスをしよう』という18歳の文壇デビューから23歳までの5年間に書いたショートエッセイをまとめた元気な作品集がありますが、その中で、
“良い訳文というのは、『あたりまえの』文章である。あたりまえの平明な文章でありながら、どれだけ原文の意を損なわずにいられるかということが勝負になる”――終わりのない追いかけっこ より
“翻訳文学全般の評価を決定づける要因にもなることだが、とにかく日本語の文章が良い”
“「透けて」いない日本語の文章かどうか”――ウォーキング・エイジの文学『ペット・セマタリー』を読んで より
という話が載っていたのでした。本書は、このポイントも、さすがにみごとにクリアしている翻訳作品だと言えるでしょう。
『透けて』いる、『透けて』いないとは、翻訳した日本語の先にある『原文』の存在のこと。いかにもとってつけたような不自然な訳文ではだめという意味なのです。
その点については、学生時代にロシア語の教授からかなり厳しく日本語訳の勉強をさせられたそうで、『町へ出よ、』は、ほかにも鷺沢萠を知る上で素通りできない部分があり、貴重な作品だと思えます。
訳者が亡くなっているせいもあるのか、『猫の贈り物』は残念ながら現在絶版となってしまったため、図書館で文庫本を借りてきて読みました。ですが、本書はぜひ買ってからまた何回か読みたいと思える一冊。
’97年6月、講談社より刊行作品。
(文庫化/’01年8月15日初版発行)
猫の贈り物
(講談社文庫/@古本市場)
猫の贈り物講談社文庫
(ブックオフオンライン)
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